沙耶エッセイ~ちいさな小さなラジオ局~
第三回「あの時のあの人の言葉」

数多くの著名な方、また、その活動を心底愛し頑張っている方のお言葉からは沢山学ばせて頂くことがあります。
様々な講演会・シンポジウムの中に、必ず、「基調講演」というものがあります。
その会の目的や基本方針を明らかにするために発表をしていただく講演です。
わたしはなんの経験もなく、20代のときにいきなり、そういった大役を仰せつかることが多く、
なんのためらいもなく大役を引き受けさせていただけていたことに、
今更ながら身震いがしてきます(笑)
しかし、今でもしっかりと「あの時のあの人の言葉」は、
ピンポイントとして、わたしの心の中に深く深く刻まれています。

この日本は、敗戦国であり昭和30年代前半に高度成長期時代を迎え バブル大国と言われるまでに発展した、という歴史があります。
「高度成長期」と呼ばれる時代、わたしも生まれてはいなかったので、
学校で習う日本の歴史また「オールウェイズ三丁目の夕日」という映画を観ていただくとその時代背景が見えてくると思います。
その時代を支えた政治家の一人、小学校しか卒業していないのに総理大臣にまでに昇りつめた「故・田中角栄」氏という方がいらっしゃいました。
その政務秘書をされておられた政治評論家「故・早坂茂三」氏の基調講演の司会をわずか25歳くらいで担当させて頂きました。
その時の講演は「政治評論家」としてそして偉大なる政治家当時はすでにご逝去されていた「田中角栄氏」に ついて熱く語っておられました。
その語り口調は当時まだまだ、小娘だったわたしにも分かりやすく、心を打つものでした。それは何故なのかおわかりですか?
勿論職業柄、もともとの素養というものは兼ね備えておられると思いますが
それだけでしょうか?

わたしの今でも覚えている言葉の中で 人間というものは・・・というところから始まり、
「女性の嫉妬は泣く騒ぐ怒る、しかし、男性の嫉妬程怖いものはない。中略」
それは政治的な見解なのか何なのかは今では覚えていませんが、
実に真に迫った迫力があり今でも、ずっと覚えている場面です。
それだけを聞いてしまうとびっくりしてしまうかも知れませんが政治の世界とはそのくらい過酷で、
常に戦いの中で生き抜いている、ということを伝えたかったのではないかと思います。

そして、もうお一方、物真似・俳優・落語などで知られていた、
三代目「故・江戸家猫八」氏がある会の来賓としてお見えになった時の言葉は
「息子子猫(故・四代目 江戸家猫八)がまだ小さくておんぶして買い物にいくも、
粉ミルクを買うお金もなくそのまま持って帰ろうとしたことがある。
その時現場を押さえられその店の人は、あんたにくれてやるんじゃなく、
その子に粉ミルクをやるんだ。よく覚えておきなさい・・・・・
と言われたことを今でも忘れない、
便利になった世の中でも人情というものを忘れない世の中であって欲しい。」
という深く心に残る言葉をいただき、
みなさまからの目からも涙が光っていた光景を今でも忘れることは出来ません。

時代は流れその方々もご自身の人生のお役目を果たされ天に召されてゆかれましたが、
遺された数々の人生の足跡は消えることはありません。
言葉の中から溢れ出てくるその人をキャッチし
その方の真意を受け止めた司会・進行をしてゆきたいと肝に銘じて仕事に取り組んで頂きたいものです。

人が人に伝えてゆく「言葉の力」それはとても荘厳で心に残る言葉は人間の「記憶」というコンピュータに刻まれてゆきます。
あなたの言葉で誰かが元気になる・感動する。
そんな素敵な司会・進行をしてゆくためには技術は然り、
改めて数々の経験プラスご自身の生きる方向性も大きく関わってきます。

等身大のご自身を見失わずに、
その時その時にできることを精一杯取り組んで頂きたいと思っています。